じどうのみなさんへ


 みなさん、おはようございます。
 きょうは、学校(がっこう)の中にある物(もの)を紹介(しょうかい)します。      

 あまり、じっくり見(み)たことがない人もいると思(おも)います。
写真(しゃしん)で見(み)て、学校(がっこう)が始(はじ)まったら、よく見(み)てくださいね。

 紹介(しょうかい)するのは、二宮金次郎(にのみやきんじろう)さんの像(ぞう)です。学校(がっこう)の、校庭(こうてい)にあがる、階段(かいだん)の右側(みぎがわ)にあります。

 二宮金次郎(にのみやきんじろう)は、1787年(ねん)に今(いま)の小田原市(おだわらし)に生(う)まれ、1856年(ねん)に栃木県今市(とちぎけんいまいち)でなくなりました。栃木県二宮町(とちぎけんにのみやまち)の再興(さいこう)を頼(たの)まれたりして、生涯(しょうがい)に615の村々(むらむら)を立(た)て直(なお)したといわれています。
 立派(りっぱ)な人(ひと)ですね。

 槙(まき)を背負(せお)い歩(ある)きながら本(ほん)を読(よ)む姿(すがた)が有名(ゆうめい)です。裕福(ゆうふく)だった家が川(かわ)の氾濫(はんらん)でまずしくなり、お父(とう)さん、お母(かあ)さんを、金次郎(きんじろう)が、わかいうちになくしました。

 その後(ご)、おじさんの家(いえ)にあずけられ、働(はたら)く毎日(まいにち)でしたが、槙(まき)を運(はこ)びながら、本(ほん)を読(よ)んで勉強(べんきょう)したといわれています。

 今回(こんかい)は、二宮金次郎(にのみやきんじろう)さんの像(ぞう)を紹介(しょうかい)しました。