日誌

感情はどのようにして育つのか?⑨

9 ネガティヴな感情が社会化されないとき(1)

身体の中を流れるエネルギーとして体験されている感情が大人に察知されて、ことばで適切に名づけてもらうという過程を経て、感情は社会化されていきます。ところが、実際の子育ての中では、これはそれほど簡単なことではないのです。

A君の哀しみ

2歳のA君の下に弟が生まれました。A君は、お母さんが弟を抱っこしている姿をみると、身体の中から不快なエネルギーがあふれてくるのを感じます。A君はそのエネルギーに突き動かされて、お母さんの胸に抱かれる弟に乱暴なことをしてしまいます。お母さんは、生まれたばかりの赤ちゃんが怪我をするのではないかと気が気ではありません。必死に「ことば」でA君に教えます。「赤ちゃんは弱いのだから、絶対にたたいてはいけません」「あなたはお兄ちゃんだからやさしくしてあげてね」両親が何度話して聞かせても、A君の弟への攻撃はやみませんでした。

最初は「ことば」により「ものわかり」を促そうとするのが、一般的なかかわりでしょう。理屈でわからせて行動を制御することを求めるかかわりです。A君の身体の中を流れているエネルギーに即したことばではないので、感情の社会化に必要な過程は起こりません。A君には頭ではいけないこととわかっていても、弟がお母さんの胸に抱かれていると、身体からネガティヴな感情があふれてきてしまうのです。ネガティヴな感情を持っていると、親に愛されないということも明らかです。このような状況においては、容易にダブルバインド状態が生じます。

つまり、親は当然A君を愛しています。弟を乱暴しないよい子になってもらいたいと願うこと自体、愛しているということを意味しています。しかし、子どもの身体からあふれてくる不快な感情がある限り、A君は親から愛されない。A君は親から非言語的には愛しているといったメッセージを受け取り、言語的には愛さないというメッセージを受け取るという矛盾した状態に陥ります。このようなダブルバインド状態にさらされていると、子どもは親から愛されるために、親に承認してもらえないネガティヴな感情をないことにするという防衛が働いて、その家族の状況に適応するのではないかと想定できます。それは、解離の防衛という反応です。

子どもが感情の発達の途上において、身体からあふれてくるネガティヴな感情を持っていると、親を不幸にし、自分が愛されないというような状況におかれたとします。すると、あたかも身体(非言語領域)と認知(頭・言語領域)との間に壁ができているかのような状態に陥ります。解離様式を身につけた状態と言えます。

人は耐え難くつらい感情が喚起されるような状況にさらされると、その感情を感じないように防衛することができます。生き延びるための適応の手段です。虐待を受けて育った子どもが、解離の防衛を用いて生き延び、のちにその後遺症として解離性障害を呈することはよく知られています。解離には、正常反応としての解離から、解離性同一性障害(多重人格)という病理の進行した状態までがあり、解離現象は幅広いスペクトラムで捉えられると言われています。子どもの解離現象は、非常に一般的にみられるものであるため、解離として認識されることはまれです。子どもたちは、自分の解離反応について苦痛や不満を訴えることがないと言われています。解離による離人症状などを不快なものと感じることができるためには、「感情面や認知面での一定の成熟度が必要だ」とし、思春期や成人期ほど自己を意識していない子どもは、解離していること自体への認識ももっていません。そして「解離現象はそれ自体が病理的なものであるわけではなく、解離の存在が適応的な変化を妨げるようになってはじめて、解離現象は病理的なものとなる」と説明されています。