日誌

感情はどのようにして育つのか?⑬

13 子どものトラウマを形成しやすい心の状態(2)
 解離様式を身につけて、ネガティヴな感情が社会化されないような感情の育ちをすることが、トラウマを形成しやすい心の状態につながるということについて、事例を通じて考えてみましょう。

Cさんは年子の三人姉妹の長女でした。幼いときから「しっかりしているね」といつもほめられるほど、いつでもどこでもきちんとしている子で、二人の妹の面倒をよくみており、母にとっては頼もしい存在でした。小学校に入学後、クラスの中でけんかがあり、男の子が怪我をして血を流してしまうという出来事がありました。Cさんは息をのんでその場に立ち尽くしていました。その事故について、母に不安を訴えることもなく、泣くこともなく、母は友人の保護者から事故があったことを聞いた程度だったそうです。その後しばらくして、学校が怖くて登校できなくなりました。

Cさんは「よいおねえちゃん」として育つプロセスの中で、ネガティヴな感情を壁のむこうに追いやる習慣がついているという発達をしていたと想定されます。同じようにその事故を目撃したとしても、お母さんに「怖かった一」と話し、泣くことを通して、ネガティヴな感情を受容され、安心するという体験ができれば、その事故の記憶を安全なものとして処理していくことができます。解離様式を身につけ、ネガティヴな感情が社会化されない習慣のついている子どもは、心的苦痛をともなう出来事に遭遇したときに、容易に解離することで一時的な安全を保とうとするために、PTSDが生じやすくなってしまうのです。Cさんの場合は、学校恐怖という形のPTSDとして不登校が発症していました。Cさんが回復していくプロセスは、単に事故についての恐怖が処理されるということにとどまらず、壁そのものが壊れていき、妹や母に対する怒りや悲しみ、嫉妬の気持ちがよい子の気持ちとまじりあい、統合されていくプロセスでした。

このように、日常的な親子のコミュニケーションの中で、ネガティヴな感情が社会化されない習慣がつくているといったことは、たやすく PTSD状態を引き起こすという意味での脆弱性を抱えることになります。同じような理由で、「いじめられ」は今の子どもたちにとってはたやすく深い傷になります。そして、「いじめられ」による傷は対人不安、人間不信を生み、長期にわたる不登校やひきこもりにつながっていくのです。

親子のコミュニケーションの中で解離様式を身につけてネガティヴな感情が社会化されずに育つと、複雑性PTSD等という既成の診断名で診断されるのは青年期以降です。児童期の症状が増幅されていくプロセスを理解するには、家族や学校という子どもが育つシステムでの相互作用を視野に入れる必要があります。個人と環境との相互作用をも視野に入れた上で、児童期に適切な対応をしていくことは、複雑性PTSD、解離性障害などの発症予防するためにもきわめて重要です。既成の診断名が冠せられる前の年齢の子どもたちの育ちを軌道修正することによって、育ちなおしを可能にするための視点が、ネガティヴな感情の社会化という視点なのです。