日誌

2020年8月の記事一覧

子どものつまずきを考える⑭ なぜ友だちを怒らせることを言うの?

14 なぜ友だちを怒らせるようなことばかり言うの?
 言葉は最初、家族の会話から学んでいきます。しかし、日常の言葉の使い方、幼い頃からの友だちづきあいの中で自然に身についていくものです。成長に伴って関わり合いをも変化していくわけですから、子どもたちは子どもたちと接することで互いに学び合っていることになります。もし、子ども同士で遊ぶ機会が少なかったり、大人の中で大人の会話しか聞かないまま育ってきたりしたら、友だちづきあいをするのにふさわしい言葉を上手に使えないこともあります。
 しかし集団生活や学校生活は、言葉の使い方や選び方を学ぶためには、最高の環境にあります。積極的に会話をすることでだんだんに磨かれていくからです。とはいっても、子ども同士のことですから、友だちとの争いごとが起こってしまったり、本人が意図的ではないにしろ友だちを怒らせたり傷つけたりすることもあるかもしれません。だからといって関わり合いを控えるのではなく、いろいろなシチュエーションの中で会話の経験を積んでいくべきだと思います。
 例えば、子ども同士でトラブルが発生したとします。どちらかに最初の非があるにしても、双方にはそれぞれ言い分があります。どちらかが100%責任を負わなければならないということはありません。ところが、互いに自分を正当化するために相手に非があると主張するため、二人の言い争いは過熱していくのです。クラスメートが周囲にいますが、当初二人には目に入りませんが、やがてどこからか声が聞こえてきます。「もうそのへんでやめておいたら?」「二人とも熱くなりすぎだよ」「原因は何だったの?」と。二人はそこでいったん冷静になり、ギャラリーたちの忠告や分析によって、何が相手を怒らせてしまったのか、自分は相手の何に対して怒ったのかが、だんだんわかってきます。トラブルを起こした二人だけではなく、教室の子どもたちはこの経験によって、いろいろなことを学ぶことができます。

 誰かにお願いするときに、「これやっといて」「できるでしょ?」「よろしくね。頼んだわよ」と、相手の都合や気持ちを無視して押しつけてくる大人もいます。友だちとの触れ合い、悩み、争い、和解し、親睦を深めるといった経験を積み学んできたなら、このような言い方はできないはずです。子どもたちには、学校生活や家庭において、こういうことを学んで大人になって欲しいと思っています。

14日 躍動するわくわく感!

14日の魔法の日めくりメッセージです。

躍動するわくわく感! ~絵本はわくドキ~

絵本は、自分自身でページを進める事も、
戻る事も、止める事もできます。
主導権が自分にあり、探究心、やる気、
自発的な行動を促します。
又、想像力も培われます。
いくつになっても、絵本にふれることで、
冒険心を持ち、何かやってみたくなるような
わくわく感が湧いてきますよ。

一番は何より一緒に絵本を開くこと。
「あなたと一緒に」開く絵本が子どもには格別なものなのです。
さあ、14日目です。絵本の国へ出発しましょう。


 夏休み、14日目。夏休みも今日を含めて3日間です。地域の人や大人との会話から学ぶことが多くあります。親戚の人との会話からも多くの学びがあるはずです。ミクロとマクロの視点から考えることが大切です。可能でしたら、親子読書や家読に取り組んでみてはいかがでしょうか。非認知能力を育てるのにも読書は大変有効です。学力は「学ぶ力」です。本校の教育目標「自ら学ぶ子」と同じように文字を読んで考える力(読解力)を育てることです。

子どものつまずきを考える⑬ 友だちの輪の中に入れないのはなぜ?

13 友だちの輪の中に入れないのはなぜ?

 小学生に限ったことではないが、もともと社交的で誰にでも気軽に声をかけられるタイプもいれば、誰かが話しかけてくれるまでじっと待っているタイプもいます。輪の中には入れないけれど、楽しそうにおしゃべりしている友だちをニコニコ眺めている子ども、自分のやりたいことに没頭して周囲を気にしない子ども、タイプは千差万別。それぞれの持ち味があってこそ、いろいろな友達関係が成り立っているのだと思います。

 子どもの持ち味は、それぞれのご両親から受け継いでいる部分が多いものです。ですから、お母さんもお父さんも、ご自分が持っている長所を、子どもも持っていると考えればいいと思います。そして、ご自分の小学生時代を思い出して、「自分ならこうする」「あのとき、こうすればよかったと思っている」という話を聞かせてみてはいかがでしょうか。
 おとなしい性格で、なかなか人に馴染めないというケースもあるかと思いますが、その性格を問題視することはありません。無理やり「自分ではない自分」を演じてみても、いつしか心と行動の矛盾に気づいて、本人が辛い思いをすることもあります。自分とは性格が合わない友だちが近づいてきて、いつも緊張し続けなければならなくなるかもしれません。自己主張の激しい子どもが多い中では、おとなしい子どもはとても貴重な存在になります。また、おとなしい子どもほど、一言一言に重みがありますから、やがて一目置かれる存在になるかもしれません。
 友だちができるかどうかは、性格よりも人格のほうが重要です。社交的な性格ですぐに誰とでも親しくなれる子どもでも、人格に問題があれば友だち関係は長続きするはずはありません。持って生まれた性格に劣等感を持つ必要はありません。それでも「友だちができない」「どうやって話しかければいいのかわからない」と子どもが悩んでいたら、次のようにサポートしてみてください。
 まず「クラスの中で誰と仲良くしたいのか」あるいは「どんな子と友だちになりたいの?」と聞いてみてください。この質問に、すんなりとよどみなく答えられるのであれば、具体的にどんなことをしてみればいいのかを話し合ってみましょう。実際に行動を起こしていないだけで、いろいろなアイディアを持っていることが多いものです。中には「誰と仲良くなりたいかもわからない」「自分はどんなタイプと合うのかもわからない」という子どもいるかもしれません。自分に自信を持てないために、自分の考えを言葉にできないのでしょう。
 こういう場合は、自分について、冷静に分析してみてはいかがでしょうか。「自分が楽しいと思うのはどんなときか」「感動したことは何か」「自分が苦手なことは何か」「どんなことがあると悲しいか」など。もし悩みを打ち明けるようならば、一緒に悩んであげましょう。このように自分を分析することで、今まで自分でも気づかなかったことを発見できるかもしれません。ただし、その後どんな行動をしたのかは、自分で判断するように促しましょう。「こうしなさい」ではなく、「こうしたらいいとも思うけど、あなたはどうしたい?」程度に留めておくことがポイントになります。あくまでも決定権は本人に与えることです。
 一方、本当に問題にしなければいけないことは、人格の部分で人を傷つけても平気、自分の言いなりにならないと無視する、人をだます、悪口を言いふらすなど、このような芽が見えるようならば、真剣に問題意識を持ったほうがいいでしょう。

13日 けじめとルールを伝える第1歩

13日の魔法の日めくりメッセージです。

けじめとルールを伝える第1歩 ~靴をそろえようね~

1度しゃがんで靴をそろえるのは、
けじめをつけ、それぞれ物事には
ルールがあることを認識する動作です。
例えば、園で靴をそろえると、園のルールを、
「さあ、今から守るぞ!」と認識できるのです。
友達の家には友達の家のルール、
自分の家には自分の家のルールがあり、
社会には社会のルールがある。

靴をそろえることで、けじめがつき、
ルールを守ろうという意識が向けられますよ。

 夏休み、13日目です。今日から学校閉庁日になります。一人で遊ぶときには、ルールは相手任せ(ゲームならゲームのルールのもとに)になりますが、二人以上の遊びにはルールがあり、スポーツにはスポーツのルールがあります。学校には学校のルールがあります。ルールが守られ、定着している土台の上にリレーション(関係性、つながり)ができます。保護者の皆様が職員を信頼していることも土台になっています。これらに基づいて、学校では「守られていることによる心地よさ」を感じさせるように職員一丸となって取り組んでいます。どうぞ、みんな(家庭、地域、職員)で子どもたちを育んでいきましょう。

子どものつまずきを考える⑫ どうしてすぐにバレるような嘘をつくの?

12 どうしてすぐにバレるような嘘をつくの?
 小学生の間は、「悪意の嘘」をつくことはほとんどありません。というよりもそういう嘘がつけないのです。例えば、大人から「嘘をついたでしょう」と言われたとしても、「これが嘘なんだ」認識できるようになるのは5歳後半くらいです。プラン能力も出てくるので嘘をつくこともありますが、嘘をつくための認知技能は未成熟なので、上手に嘘をつくことはできません。ついたとしてもすぐに発覚してしまいます。
 子どもが嘘をついたとしたら、まずその理由を理解してあげることが大切です。幼い子どもの場合、空想世界の嘘をつくことがあります。幼稚園の年長組の頃には、空想と現実の境界線が曖昧で、現実ではあり得ないことを本当にあったと思い込んでしまうことがあります。「くまさんが、朝起こしてくれたんだよ」というようなかわいい噓です。
 「こうだったらいいのにな」という思いが高じてつく嘘もあります。例えば、テレビに子犬が映ったとき、お母さんが「かわいいね。こんなワンちゃんいるといいね」などをつぶやいたとします。すると子どもは学校で「今度、家でワンチャンを飼うんだ」と口にしてしまうことがあります。これは、願望から出た嘘ですが、ほんにんは「嘘をついた」という認識はありません。
 少なくとも9歳頃までは、意図的な偽りはないのです。出来事を思い起こしていくうちに、意図的に付け加えるわけではなく、話全体の筋道を変えるしまうような新しい結びつきを付け加えてしまうのです。それを理解せずに、周囲から「嘘ついたでしょ」「あなたは嘘つき」と詰め寄られると、本当の嘘つきになってしまうかもしれません。だから、「嘘つきはいない」「我が子は噓なんてつかない」と、性善説で子どもを育てたいものです。高学年になり年齢が上がっていくにつれて、「これは嘘だ」とわかっていながら嘘をつくことがあります。お母さんに叱られるのが嫌で、自分を守るために嘘をついて、その場を取り繕うとするのです。これは、「避難するため」の嘘です。「嫌われたくない」「悲しませたくない」、つまり、お母さんにずっと好きでいてほしいから、それが結果的に嘘をついてしまうことがあります。意識せずとも、都合よく再構成してしまうのでしょう。

 子どもが自分では嘘をついているとは思っていないのに、なぜ結果的に嘘をついたことになってしまうのかというと、思い出すという行為が、入れた記憶がそのまま出てくるわけはないからです。私たちの認識のメカニズムとして、いったん入れた情報は、思い出す文脈に合わせて再構成されるのです。伝言ゲームを思い出してみても、誰も嘘を伝えるつもりがなくても正確には伝わらないものです。情報を受け入れるときは、自分の枠組みに合わせて変容させるという改変も起きてしまうものです。悪意を持って使って使ったときには、嘘になってしまうのです。小学生の嘘は、「悪意の嘘」ではなく、無意識に再構築されてしまった嘘であることを理解してあげましょう。